東京高等裁判所 平成9年(ネ)4357号 判決 1999年3月31日
控訴人兼附帯被控訴人(甲事件原告・乙事件被告)
堀越圭子
ほか二名
被控訴人兼附帯控訴人
通山和子
主文
原判決を次のとおり変更する。
一 控訴人堀越圭子及び同堀越哲雄は、被控訴人通山和子に対し、連帯して金四一三万七三七三円及びこれに対する平成七年五月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 控訴人堀越圭子は、被控訴人通山和子に対し、金二八万二六三二円及びこれに対する平成七年五月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被控訴人通山和子は、控訴人千代田火災海上保険株式会社に対し、金五万五七一二円及び内金五万〇六四八円に対する平成七年五月二四日から、内金五〇六四円に対する平成九年二月六日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 被控訴人通山和子の控訴人堀越圭子及び同堀越哲雄に対するその余の請求(当審における請求の拡張部分を含む。)及び控訴人千代田火災海上保険株式会社の被控訴人通山和子に対するその余の請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用については、第一、二審を通じてこれを五分し、その一を被控訴人通山和子の、その余を控訴人ら三名の各負担とする。
六 この判決は、第一ないし第三項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人ら(控訴人ら三名を単に「控訴人ら」ともいう。)
1 原判決中、被控訴人と控訴人堀越圭子(以下「控訴人圭子」という。)及び同堀越哲雄(以下「控訴人哲雄」といい、右控訴人両名を以下「控訴人堀越両名」という。)に関する部分を次のとおり変更する。
被控訴人の控訴人堀越両名に対する請求(当審における請求拡張分を含む。)を棄却する。
2 原判決中、被控訴人と控訴人千代田火災海上保険株式会社(以下「控訴人会社」という。)に関する部分を次のとおり変更する。
被控訴人は、控訴人会社に対し、二一万八八二七円及びうち一六万八八二七円に対する平成七年五月二四日から、うち五万円に対する平成九年二月六日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被控訴人
1 原判決中、被控訴人と控訴人堀越両名に関する部分を次のとおり変更する。(当審における請求拡張後のもの)
控訴人堀越両名は、被控訴人に対し、各自七〇一万四〇六七円及びこれに対する平成七年五月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原判決中、被控訴人と控訴人会社に関する部分を次のとおり変更する。
控訴人会社の被控訴人に対する請求を棄却する。
第二事案の概要
一 本件は、被控訴人運転の乗用車(被控訴人車)と控訴人圭子運転の乗用車(控訴人圭子車)とが、右両名が共に居住するマンションの地下駐車場(本件駐車場)内で衝突した事故(本件事故)に起因する損害を巡る争訟であり、<1>被控訴人は、これによって自ら負傷するなどしたとして、控訴人圭子に対しては不法行為に基づき物的損害を含む全損害の賠償を(物的損害以外の分については、控訴人哲雄との連帯支払を求めて)、控訴人哲雄に対しては自賠法三条に基づき物的損害以外の損害の賠償をそれぞれ求め(各附帯請求は、いずれも本件事故日―平成七年五月二四日―から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金。なお、控訴人堀越両名に対する右の請求は、原判決にいう「甲事件」に当たる。)、<2>控訴人会社は、控訴人圭子車に関し控訴人哲雄と車両保険契約を締結していたため控訴人圭子車の修理代金を支払った結果、控訴人哲雄の被控訴人に対する損害賠償請求権を代位したとして、被控訴人に対し、修理代金及び弁護士費用の支払を求めた(附帯請求は、修理代金については本件事故日から、弁護士費用については訴状送達の翌日―平成九年二月六日―から各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金。なお、右の請求は原判決にいう「乙事件」に当たる。)事案である。
二 原審は、甲事件及び乙事件の各一部をそれぞれ認容した。そこで、控訴人らが控訴を提起し、被控訴人が附帯控訴を提起した。控訴人会社の請求額は、当初より変わりないが、被控訴人は、当審において、弁論終結までの間数回にわたって請求を拡張している。
三 当審における主たる争点は、原審以来の争点(<1>事故態様、すなわち、被控訴人の過失の有無・程度、<2>被控訴人の負傷の有無・程度及び損害)と同一であるが、当審において被控訴人が数回にわたって請求を拡張してきたことから、原審弁論終結後の被控訴人の損害の有無程度、すなわち、現在までの治療の有無及びその要否等が特に重要な争点となっている(なお、当裁判所は、当審において、被控訴人と控訴人堀越両名とが同一のマンションに居住していることなどの事情に鑑み、関係者間の人間関係を円満なものに修復することをも副次的ながら紛争解決の重要な目的として和解の勧告を相当長期間にわたって積極的に行い、金銭的解決の面ではかなりの程度煮詰まる段階にまで進捗したものの、被控訴人の要求する謝罪そのものは控訴人堀越両名には酷な面があり、結局、双方の合意をみることなく和解を打ち切らざるを得なかったことは、些か心残りではある。本件訴訟終了後は、双方が同じマンションで平穏な生活を送られるよう互いに努力することを期待する。)。
四 当事者双方の主張は、当審における主張を次のとおり付加するほか、原判決「事実及び理由」の「第二 当事者の主張」欄記載のとおりである。
(当審における被控訴人の主張―原審で主張した分以降の治療に伴う損害―ただし、物損以外のもの―の増加に関するもの)
1 通院並びにこれに関する治療費及び交通費
(一) 昭和大学藤が丘病院
(1) 平成九年六月五日、一九日、二六日の三回通院した。
左胸部の変形がMRI検査によって明瞭に認められた。
(2) 治療費 七万一四〇〇円
(3) 交通費 三八四〇円
(二) 磯谷式港南台治療室
(1) 左胸部変形による胸部の強い圧迫感、背部の痛み等の治療のため、平成九年一〇月一八日から同年一二月二九日までに一二日、平成一〇年一月から同年六月までのうち二七日の計三九日通った。
(2) 治療費 一六万円
(3) 交通費 八万一一二〇円
(三) 浅井鍼灸センター
(1) 平成九年六月三日以降同年一二月三〇日までに計六八日、平成一〇年一月から同年六月までに二九日の計九七日通った。
(2) 治療費 四三万六〇〇〇円
(3) 交通費 六万七九〇〇円
(四) 旭ホリスティック(オステオパシー)
(1) 平成一〇年一月から同年六月までに九日、七月から一〇月までに二一日の計三〇日通った。
(2) 治療費 一四万二五〇〇円
(3) 交通費 三万五四〇〇円
(五) 以上の合計 九九万八一六〇円
(1) 治療費 八〇万九九〇〇円
(2) 交通費 一八万八二六〇円
2 通院等慰謝料 一一万円
3 休業損害 一五〇万二二〇〇円
拡張分に相当する実通院日数は計一六九日であり、この間の休業損害は一五〇万二二〇〇円である。
4 弁護士費用 二三万〇一四〇円
5 右1ないし4の合計 二八四万〇五〇〇円(拡張前の分と併せると、物損を除いた損害の合計額は七〇一万四〇六七円となる。)
(当審における控訴人らの主張)
被控訴人が本件事故により被った損害であると主張するものの中には、被控訴人が受けた治療等の内容等に徴して、本件事故との相当因果関係の認められないものが多く含まれている。また、本件においては、被控訴人の心因的要素が民間治療院等への頻繁な通院、合理性のない取捨選択、期間の過度な長期化に少なからず寄与していることは容易に推認することができるのであるから、被控訴人の心因的要因の寄与度を斟酌し、民法七二二条二項を類推適用して、被控訴人が被ったとする損害額を大幅に減額すべきである。
第三当裁判所の判断
一 本件事故の発生(事故態様を除く。)の事実は、当事者間に争いがない。
二 本件事故の態様
証拠(なお、以下に示す書証については、枝番をも含むものとする。甲一、三、四、六、七、一二、一四、一五、一七、一八、五四、六三、乙一ないし五、丙一、被控訴人及び控訴人圭子各本人)並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 本件事故が発生した本件駐車場の駐車区画の数や位置等の概況は、別紙図面記載のとおりである。
本件事故当日(平成七年五月二四日午後六時ころ)、控訴人圭子は、控訴人圭子車(長さ四・六〇メートル、幅一・六九メートル、車両重量一三六〇キログラム)を運転して本件駐車場に進入し(リモコン操作で入口のシャッターを開けて)、その直ぐ後ろを走行していた被控訴人車(長さ四・七五メートル、幅一・七五メートル、車両重量一三八〇キログラム)もこれに続いて同駐車場へ進入した。控訴人圭子は、駐車場に入ってから直ぐ左折し、別紙図面の駐車区画一五(以下に示す数字は、特に断らない限り、同図面の駐車区画を指す。)付近で更に左折して駐車区画二〇付近に一旦停止し、同車の駐車区画一八へ後進で車庫入れを行おうとした。他方、被控訴人車は、控訴人圭子車に追従して本件駐車場の駐車区画一五付近から右折し、駐車区画一〇ないし二七付近に一旦停止して同車の駐車区画三四への車庫入れを後進して行うこととした。
2 控訴人圭子は、一旦停止した駐車区画二〇付近から自車をその駐車区画一八に入れるべく後退させ、一応同駐車区画への車庫入れを終えた。しかし、同車の駐車区画内での位置を正す必要があったことから、いわゆる切り返しを行うこととした。その際、控訴人圭子は、被控訴人車が駐車区画三四への車庫入れを行うため待機していることに気づかず、右の切り返しを行った。他方、被控訴人は、控訴人圭子が自車を車庫(一八)に一旦は入れたことから、その車庫入れが完了したものと認識し、被控訴人車を車庫入れするため一旦停止した前記駐車区画一〇付近で、バックミラー等で後方には車両のいないことを確認した上、本件駐車場中央通路(幅員約五・七メートル)のほぼ中央付近を、頸部を右後ろ向きにし腰をやや浮かせた運転姿勢で後方全体を見ながら後退していたが、途中からは視線をほとんど駐車区画三四(被控訴人の駐車区画)方向のみに移し、控訴人圭子車の駐車区画方面への注意を欠くに至っていたところ、控訴人圭子車が切り返しをしようとして駐車区画から右中央通路に飛び出して来たため、同通路の駐車区画一八の前付近において、被控訴人車の左側後部(主に後部バンパーの左側部分及び車体左後部)と控訴人圭子車の左前部(主に左前部バンパー部分)が衝突した。そのため被控訴人車は衝突後約二・五メートル控訴人圭子車と接触しながらやや後方右側に振れた形で走行して停止し、控訴人圭子車は首を右方向に振り若干前にせり出した地点で停止した。
3 なお、本件事故当日の本件駐車場内は、全体として蛍光灯の数が少なく、駐車区画一ないし一一の上部付近は吹き抜けになっていて外の光が差し込むためかなり明るかったが、被控訴人車及び控訴人圭子車の各駐車区画である三四、一八付近では文字が十分読みとることが出来ない程の暗さであった。また、各駐車区画の多くは分厚いコンクリート塀で仕切られており、被控訴人が一旦停止した前記地点(駐車画二七)付近から駐車区画一八(控訴人圭子車の駐車区画)内に駐車している車は殆ど見えない状況にあった。
以上のとおり認められる。
控訴人らは、控訴人圭子は同控訴人の駐車区画に駐車させるべく後退中に被控訴人車の後退してくることに気づいて一旦停止して待機していた(すなわち、前進してはいない。)ところ、被控訴人車がそのまま後退して来て衝突したものである旨主張する。そして、控訴人圭子は、自車を自己の駐車区画に入れようと後退中、切り返しの必要が生じたため切り返すべくそのまま一旦停止したところに被控訴人車が衝突してきた旨供述し、乙五(同控訴人の陳述書)にも同趣旨の記載がある。
しかしながら、仮に右主張及び供述等のとおりであるとすれば、控訴人圭子車は停止することなくそのまま後退を続けてゆけば、被控訴人車との衝突を回避することができたはずと察せられる。また、乙二、七(いずれも元鑑識研究委員会委員たる菅原長一作成に係る本件事故に関する「鑑定書」及び「鑑定書の補足説明書」)には、衝突車双方の衝突箇所及び損傷状況等からすると、控訴人圭子車は本件衝突時には前進していなかったと認めるべきである旨の記載があるが、右鑑定書等の記載を子細に検討してみても、本件衝突状況に関する右のような判断が客観的・合理的な根拠をもって明らかにされているとはたやすく認め難いといわざるを得ない。のみならず、右の各証拠部分は、先に見た双方の車の衝突箇所及び損傷部位並びに衝突後の接触部位及び停止位置・状況等更には前掲各証拠に照らしても、たやすく採用することはできない。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右の認定事実によれば、控訴人圭子は、自車を運転して一旦自己の駐車区画(一八)に入れたのであるから、切り返しなどを行うため再度中央通路に進出するに当たっては、同通路を走行する車両の進行を妨害することのないよう、右車両の有無を確認するなど十分な注意を払う義務を負うものというべきところ、前記のとおり、控訴人圭子は、右の確認を怠り、自車の切り返しを行うべく漫然と同通路に進出した過失によって、同通路中央付近を走行(後退)していた被控訴人車の進路を妨害し被控訴人車に衝突したものであるから、控訴人圭子には、右注意義務違反の過失があることは明らかである。
三 控訴人らの過失相殺の主張について
右二で見た本件事故の状況によれば、被控訴人は後退を始めるに際して後方に車両のないことを一応確認してはいたが、控訴人圭子車の車庫内の様子は被控訴人車の方向からは厚いコンクリート壁のため十分に把握することはできない状況であった上、本件駐車場は比較的狭く暗かったのであるから、このような状況のもとで後退走行しようとする被控訴人としては、先行していた控訴人圭子車の車庫入れが完全に終了したかどうかなどその動静を十分確認しながら同車との接触を回避するよう注意を払うべき義務があるというべきである。ところが、前記のとおり、被控訴人は、後退の途中からは控訴人圭子車の車庫方向への注視を怠り、その車庫入れが完全に終了したかどうかなど同車の動向に十分な注意を払うことを怠ったため、突然切り返しを行って通路に出て来た控訴人圭子車と衝突したのであるから、被控訴人にも右注意義務違反の過失があると認められる。そして、先に見た本件事故の状況に徴すると、その過失割合は、控訴人圭子車七〇パーセント、被控訴人車三〇パーセントとするのが相当であり、後記損害の認定にあたっては、この割合による被控訴人の過失を斟酌すべきである。
四 被控訴人の受傷状況及び治療の経緯
証拠(甲二、六ないし一二、一九、二一ないし五三、五五ないし六二、六五ないし八〇、乙三、四、八、被控訴人本人)並びに弁論の全趣旨によれば、被控訴人の受傷状況及び治療の経緯は以下のとおりであると認められる。
1 北里病院
被控訴人(昭和一八年生まれ)は、事故の翌日(平成七年五月二五日)になってから左頸部の痛みを感じ、同月二八日からは胸部の持続する圧迫感のため深呼吸が困難と感じ、良く眠れない程の状態となったことから、同月二九日、初めて北里大学病院を訪れた。同病院でのレントゲン検査の結果では胸部に異常は認められなかったが、被控訴人が訴えている右の胸部圧迫感は、頸椎捻挫、左胸部打撲による疼痛が原因であって、約一週間の安静加療が必要の見込みであるとの診断を受けた。なお、被控訴人は、同年六月二六日を次回の診察日として予約したが、その後右の予約をキャンセルしたため、同病院での治療日数は、僅か一日のみであった。ただし、同病院で診断書等を作成して貰うためその後更に二日通った。
同病院での治療費は、診断書二通の作成費用を含めて計四万九六五〇円であった。
また、通院交通費としては、三日間全体で八八二〇円を要した。
2 健康サロン教室樅の木
北里病院で診察を受けた翌日である平成七年五月三〇日、被控訴人は、本件事故の約半年前から健康増進を目的として時折通っていた「健康サロン教室樅の木」(以下「健康教室」という。)を訪れ、低周波治療なるものを受けた。同教室で施術に当たる者は医師や国家試験の資格を有する者ではなかったが、被控訴人は、低周波治療はむち打ち症等に効果的であると認識し、その後同年八月二六日までの約三か月間に週約二、三回の割合で計三九日同健康教室に通ったほか、自費(約一〇〇万円。なお、これについては損害として請求されていない。)をもって低周波治療器を購入して使用している。
なお、同健康教室は、平成九年秋ころに閉鎖されている。
同教室での治療費は、一回が三〇〇〇円であったが、回数券を使用したこともあって、計八万一〇〇〇円であった。
交通費としては、二万六九七〇円を要した。
3 浅井鍼灸センター
同センターへは、不眠、食欲不振、吐き気腹痛、胸部の圧迫感、呼吸困難、背中の痛み等を訴え、平成七年八月二九日から平成九年五月三一日までに九四日、同年六月三日以降同年一二月三〇日までに計六八日、平成一〇年一月から同年六月までに二九日の合計一九一日通った。同センターにおける施術は、医師が行うものではなく、また、客(患者)の訴えを聞いた上で行われてはいたが、その症状がいかなる原因により生じたものかを十分解明されることはなかった。被控訴人も、上半身のマッサージを受けたのち電気針治療を受け、さらに、脊椎矯正等を受けるのがほぼ通常の施術(治療)内容であった。
同センターでの治療及び自費で購入した低周波治療器による治療の結果、一時的には首の痛み等はかなり緩和されている。
その治療費として被控訴人が支払ったものは、原審主張分が四四万六〇〇〇円、当審主張分が四三万六〇〇〇円の計八八万二〇〇〇円である。
交通費としては、原審主張分が六万五二〇〇円、当審主張分が六万七九〇〇円の計一三万三一〇〇円を要した。
4 昭和大学藤が丘病院
同病院へは、平成七年九月六日、同月一八日、同月二〇日、平成八年三月二一日、平成九年五月一六日の計五日治療のため通院し、同年六月四日に右五日間の通院に関する証明書を作成して貰うため同病院に通った(その分を併せると計六日。原審主張分)。同病院では、頸部捻挫、胸部挫傷との診断を受けた。その後、同月五日、一九日、二六日の三回(当審主張分)通い、合計九日通院した。平成九年六月一九日には、左胸部変形の疑いでMRI検査を受けた。
治療費は、原審主張分が八万七五八四円、当審主張分が七万一四〇〇円の計一五万八九八四円を要した。
交通費としては、原審主張分が七六八〇円、当審主張分が三八四〇円の計一万一五二〇円を要した。
5 多摩丘陵病院
同病院へは、不眠や胸痛を訴え、平成八年一〇月二二日から平成九年六月九日までの間、計八日通院した(ただし、このうち治療自体の実日数は五日であり、治療は平成八年一一月二一日で終了しているが、診断書の作成依頼等のため更に三日通院した。)。同病院では、心電図検査を施行したが、異常はなく、胸痛も、チクチクする程度のものであったことから、睡眠導入剤のみを投与した。
治療費は、一万五〇一〇円(治療費が七〇一〇円、文書料が八〇〇〇円)を要した。
交通費としては、八日分として八四八〇円を要した。
6 磯谷式港南台治療室
同治療室へは、本件事故前の平成六年ころからいわゆる五十肩の治療のため通い、短期間で効果が出たと感じた経験があったところ、本件事故後においても、左胸部変形による胸部の強い圧迫感、息苦しさ、背部の痛み等を訴え、平成九年一〇月一八日から同年一二月二九日までのうち一二日、平成一〇年一月三日から同年六月一七日までのうち二七日の計三九日通った。同治療室では、指圧師から理学的脊椎矯正、整体療法を受けた。治療直後は症状も軽減するが、暫くすると元の状態に戻ることが多かった。
治療費は、一六万円を要した。
交通費としては、八万一一二〇円を要した。
7 旭ホリスティック(整体治療院。オステオパシー)
同治療院へは、平成一〇年一月から同年六月までに九日、七月から一〇月までに二一日の計三〇日通った。同治療院では、頭蓋骨の仙骨、側頭骨、後頭骨等の可動性を高める一種の整体的治療を受けた。被控訴人としては、相当程度の治療効果があったと認識している。
治療費は、一四万二五〇〇円を要した。
交通費としては、三万五四〇〇円を要した。
8 被控訴人の自覚症状等
被控訴人としては、事故当時に比べるとその程度は軽減しているものの、現在でも依然として頭痛、首から肩に掛けての痛み、胸部の圧迫感や息苦しさなどを感じていると訴えている。
五 損害
1 被控訴人車の修理代金 三九万二〇〇〇円
本件事故により被控訴人車が一部破損した箇所の修理のため三九万二〇〇〇円を要した(甲七)。
2 治療費及び通院交通費 一二五万六一八七円
先に見た被控訴人の通院状況等によれば、被控訴人は本件事故により胸部挫傷及び頸部捻挫等の傷害を受け、事故直後から不眠、食欲不振、吐き気腹痛、胸部の圧迫感、呼吸困難、背中の痛み等を訴え、幾つかの病院や民間治療施設等に通っている。その間、被控訴人は同時に複数の施設等に通院したこともあり、また、右の治療施設等の中には、医師などの資格を有しない者の施術によるものも少なくなく、その効果についても必ずしも客観的に明らかとはいえないものもなくはない。しかしながら、事故による受傷のための治療費として損害の認定を受け得るものかどうかは、当該施術が医師等の資格を有する者であるか否かのみで判断されるべきものではないのであって、当該受傷の程度、治療施設の内容及び治療内容並びに効果等を総合的に考慮した上で判断されるべきものである。事故の受傷内容によっては、客観的検査の結果自体からは受傷者の訴える内容が直ちに裏付けられないものもないではない場合もあろうから、受傷者の訴えが右検査結果から判明することがなかった場合であっても、それによる支出を相当因果関係にある損害とは認められないものばかりであるとは断じ切れない面もなくはない。これらの諸事情に加えて、被控訴人の通院先の中には、本件事故前から健康増進目的で通っていたものや治療先が同時に競合するものもあること、本来の治療のためだけではなく診断書等の文書の作成依頼のための通院も含まれていること、更には本件事故時から既に四年近くが経ようととしているが、なお被控訴人は苦痛を訴え、完治していない旨の症状を訴え続けていること、また反面これが完治しているとの反証もできていないことなど、本件における特殊の諸事情をも併せ考慮すると、被控訴人が治療のため諸施設へ通ったことによって負担した費用(文書作成費用を含む治療費及び通院費)のうち、本件事故による受傷と相当因果関係にある治療費等に要した損害としては、その被控訴人主張に係る前記治療費等総額(支出に係る金員であることが認定された金額でもある。)の七〇パーセントに当たる金員をもって相当というべきである(具体的に、期間、治療先、治療措置を区分して算出することは、前記本件の諸事情をみる限り、極めて困難でもある。)。
被控訴人が支出した右の費用の合計は一七九万四五五四円であるから、その七〇パーセントに当たる一二五万六一八七円が本件事故による受傷と相当因果関係にある損害となる。
3 休業損害 一九八万二一九五円
被控訴人(昭和一八年生まれ)は、本件事故前に死別した亡夫との間に成人して他所に生活する二人の子供をもうけ、本件事故当時は肩書住所地で健康な一人の生活を送っていたところ、本件事故による前記通院治療等のため家事労働がほとんどできなかった。また、当時被控訴人は、七匹の猫と二羽の鳥を室内で飼育していたが、日常の世話は被控訴人しかする者はおらず、被控訴人がもし入院するとなると、右の動物達は餓死する羽目に陥るおそれがある(甲一二、一三、一九、被控訴人本人)。
そして、被控訴人が本件事故による受傷のため前記のとおりの通院治療等を受けたのであるが、その延べ日数は三一九日に及ぶところ、その中には診断書等の文書作成依頼等のため病院等に赴いた日、必ずしも丸々一日を要したとは認められない通院等及び一日に複数の箇所に通院等したと推認されるものも含まれていること、更には苦痛のため右通院等以外の日でほとんど動くことが出来なかった日も相当日数あったと推認されること及び右の認定事実並びに前記2の事情をも併せ考慮すると、被控訴人は、本件事故により右延べ日数の約七〇パーセントに当たる日数である二二三日に相当する間の休業損害を被ったと認めるのが相当である。そして、右二二三日間の休業損害は、次の計算式により一九八万二一九五円となる。
三二四万四四〇〇円(平成六年女子労働者学歴計・年齢計の賃金センサスによる年収)×二二三日÷三六五=一九八万二一九五円
4 通院慰謝料 二五〇万円
先に見た実通院日数や通院期間並びに前記2、3記載の諸事情等を考慮すると、通院慰謝料については、二五〇万円をもって相当と認める。
5 右1ないし4の合計 六一三万〇二八二円
六 過失相殺後の損害額 四二九万一二六七円
右五5の損害額に過失相殺割合三〇パーセントを適用すると、四二九万一二六七円となる(うち、物的損害分は、三九万二〇〇〇円の七〇パーセントに当たる二七万四四〇〇円である。)。
七 控訴人両名の各損害負担額
六によれば、被控訴人に対し、控訴人圭子は不法行為に基づき四二九万一二六七円、控訴人哲雄は控訴人圭子車の運行供用者として(控訴人哲雄が控訴人圭子車の運行供用者であることは、弁論の全趣旨により認められる。)右損害額のうち物的損害分(二七万四四〇〇円)を控除した残額である四〇一万六八六七円(右同額につき控訴人堀越両名の連帯支払)の各支払義務を負うこととなる。
八 弁護士費用を加えた最終賠償額
被控訴人は弁護士費用も本件事故による損害であるとして請求しているところ、被控訴人の訴訟代理人弁護士は原審以来被控訴人のための訴訟活動を行っていたが、重要な訴訟活動のほとんどを終了した当審の終盤に至って辞任するに至った。弁護士が審理の途中で辞任した場合、依頼者が当該弁護士に弁護士費用を支払うかどうか及び支払うとした場合の支払額はどうか(成功報酬は支払わないとしても、着手金も返還するかどうかなど)については、色々な取り扱い方があると推認されるが、本件訴訟における被控訴人弁護士の活動状況や辞任の時期等を考慮し、本件においては、前記認容額の三パーセントに当たる金員をもって本件訴訟における弁護士費用と認めるのが相当である。
したがって、被控訴人に対し、控訴人圭子は四四二万〇〇〇五円(うち物的損害分は、二七万四四〇〇円及びこれに対する弁護士費用分を加えた計二八万二六三二円となる。)、控訴人哲雄は四一三万七三七三円(控訴人堀越両名の連帯支払金額でもある。)並びに右各金員に対する本件事故日(平成七年五月二四日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負うこととなる。
九 乙事件について
本件事故発生の事実(事故態様を除く。)は当事者間に争いがなく、控訴人会社と控訴人哲雄は控訴人圭子車に関し車両保険契約を締結していたことから、控訴人会社は控訴人哲雄に対し、平成七年一二月二六日本件事故による控訴人圭子車の修理代金一六万八八二七円を支払った(丙、一)。したがって、控訴人会社は、控訴人哲雄の被控訴人に対する損害賠償請求権に代位したものと認められる。そして、本件事故における控訴人哲雄側の過失割合は七〇パーセントであるから、その賠償額は五万〇六四八円となり、その一〇パーセントに当たる五〇六四円を弁護士費用として加えた最終賠償額は、五万五七一二円となる(附帯請求として支払うものは、五万〇六四八円に対する本件事故日から、弁護士費用である五〇六四円に対する訴状送達の翌日から、各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金である。)。
一〇 結論
以上によれば、被控訴人の控訴人堀越両名に対する請求(甲事件)のうち、控訴人圭子に対する物損に関する請求分については原判決認容額より減額すべきであるが、それ以外の損害に関する請求分については原判決認容額より増額すべきである。また、控訴人会社の被控訴人に対する請求(乙事件)については、原判決認容額より増額すべきである。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 伊藤瑩子 鈴木敏之 橋本昇二)
別紙図面〔略〕